ことばが世界をひらく 
新言語教育学 
横瀬 和治

¥2,420 (税込)

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どうすれば日本人に英語が「身につく」のか。母語の豊かな使い手となり、第二言語として英語を学ぶことの真の価値とは何か。バイリテラシー・第二言語習得を専門とする言語学者であり、日本・アメリカ・カナダ・オーストラリアで数多くのリテラシー教育プログラム開発に携わってきた著者による著述・講義録を全3章に再編。

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紹介

言語能力の発達とは、人のこころの発達にほかならない。人は「ことば」に支えられて自己の世界を築き上げ、開かれた世界を知り、他者とのかかわりのなかで自己を確立していく。そして、他者とのかかわりは人間の文化の根本であり、そこで生きようとしてはじめて、私たちは物事を理解し「学ぶ」ことができる──。

どうすれば日本人に英語が「身につく」のか。母語の豊かな使い手となり、第二言語として英語を学ぶことの真の価値とは何か。バイリテラシー・第二言語習得を専門とする言語学者であり、日本・アメリカ・カナダ・オーストラリアで数多くのリテラシー教育プログラム開発に携わってきた著者による著述・講義録を全3章に再編。本書を通して語られる「ことば」と「学び」の本質が、いま求められる教育のかたちを明らかにする。

本書の第1章では、人間が言語を習得するための条件が、「前言語コミュニケーション」や「本物性」といった概念をもとに整理されている。また、「実践」を行う「共同体」に参加し、そこで生きていこうとする意志が、人間の「学び」にとって重要な意味をもつことが語られる。そして明らかになるのは、「ことば」は外界と闘って「獲得する」ものではなく、人と人とが共通世界をつくる共同行為としての「ことばの前のことば」から「生まれる」ものである、ということだ。

また、第2章では、日本人が想定すべき英語を使う能力に関しても、学校英語の変遷、「第二言語」の性質、言語を通して形成される知性、といった観点から光が当てられる。私たちは、母語を学ぶように「地球語としての英語」を学び、それを駆使することで、世界とコミュニケーションを行い、より深い意味の世界を生きてゆけるのである。そのためには、英語を通して「知を創造」する経験を、世界の人びとと共有しようと私たち自身が試みていかねばならない。

最終章では、「教養」が瓦解し、「知識」が体系性を失った現代社会において、「学び」が成立するために必要とされるものは何か、という問いが主題となる。すでに近代化型教育は終焉を迎え、子どもたちは大人の眼差しをかいくぐり、「他者」として歩みはじめているという指摘の重要性は、時を経ても失われるものではない。常に問い直されるべきは、教師や大人の抱く「モノローグ」的な教育観の閉鎖性と、私たち自身の価値観であろう。「学び」の成立する要件である、「出会い」と「対話(ダイヤローグ)」による学びの場と、共に追究し、学びあう関係の創出こそが、現代の教育に求められるものである。

本書は、グローバル教育研究会イーグルによる記念誌『新言語教育学』(2013年)を底本として制作された。刊行委員一同、本書が教育活動・社会活動に日々携わる諸氏の手元へと広く行き届き、その実践の一助となることを願ってやまない。

(『ことばが世界をひらく』刊行委員会)

目次

本書の刊行にあたって

第1章 「ことば」が生まれるとき
第1節 言語習得における「前言語コミュニケーション」
人間はなぜ言語を必要とするのか
「ことば」にならない「ことば」の必要性
「共通世界」を生み出す営みとしての「コミュニケーション」
他者と通じあうことへの喜び
コミュニケーションを成立させる「身体的コミュニケーション」
「ことば」は「獲得する」ものではない
第2節 「共同体」のなかの「本物性」
言語の習得と「本物性」
行動主義的学習観への批判
人はどのようにものを「理解」するか
「文章を理解する」ということ
どうすれば「転移」が起きるのか
自生する「学び」と動機づけの必要な「学習」
「学び」は「実践」のなかで行われる
「実践」のなかの「本物性」
「十全的参加」の必要性
「媒介」による知の「飛躍」と「転移」
第3節 「ことば」が生まれるとき
社会的な存在としての人間
「ことば」は「生まれる」ものである

第2章 地球語としての英語(English as a Global Language)
第1節 英語教育の今日的課題
どうすれば「英語」が「身につく」か
学校英語は実際的か
英語表現の担い手となれない学校英語
表現が成立したといえるとき
「場面」再現の欺瞞性
日本人が目指してきた「英語力」とは
英語教育の現在と今日的課題
第2節 「第二言語」としての英語
”The Native Speaker of English”とは誰のことか
「第一言語」と「第二言語」
「第一言語」と「第二言語」の習得過程の差
「母語」らしさを決めるもの
「話し言葉」と「書き言葉」
第3節 地球語としての英語
人間は意味世界の住人である
言語を通して形成される知性
世界知の獲得と「地球語としての英語」

第3章 「学び」の源泉を求めて
第1節 「リテラシー」の危機
「教養世界(リテラシー)」の崩壊
「教養」の瓦解と「知識」の情報化
滅びゆく思考力
アメリカにおける「リテラシー・ムーブメント」
「文化のリテラシー」
「リテラシーの危機」は存在するか
「リテラシー」が意味するもの
変化する「リテラシー」の基準
違わない日・米の「読み」の指導
必要とされる新たな「学習」観
「学校化社会」のなかの「教育」
「学校知」と「生活知」の乖離
減退する学習意欲
「他者」となる子どもたち
「近代化」型学校からの逃避
対話(ダイヤローグ)的関係の必要性
第2節 「近代化型教育」の終焉
近代日本教育史における二大革命
近代教育の礎となった「寺子屋」
戦後の高等教育の充実と民間教育
第3の波―学習の国際化―
「近代化」の時代の教育の終焉
2つの「授業」コンセプト
欧米から導入された「一斉授業」
反「画一主義」と「新教育」運動
「近代化」型教育の終焉
「一斉授業」の崩壊
期待される人間像の根本的な変化
教育は時代要求にどう応えるか
「学校化」された日常世界
「学校制度」への批判
「学校化されたモノローグ」教育への実践的批判
「モノローグ型」から「ダイヤローグ型」の学習へ
「学校離れ」「学習離れ」を受けとめる「オールタナティブ教育」
「システム」による「生活世界」の侵食
オールタナティブ志向の新・社会運動とその特徴
脱・産業社会と脱・学校の対応関係
「ホモ・エコノミクス」から「ホモ・リフレクション」へ
第3節 「学び」の源泉を求めて
「ポスト・モダン」の時代の「学び」
「出会い」と「対話」の場・「学びあう」関係の創出

著者プロフィール

横瀬 和治(著)

1945年、東京都八王子市生まれ。明治学院大学大学院修士・博士課程にて、英語学・応用言語学を修める。専門は、外国語教育・バイリンガリズム・バイリテラシー・第二言語習得・言語心理学。1973年~1995年にかけて、LCS教育研究所(1973年)、(株)ラックス生活分析研究所(1986年)、(株)サンプロップ研究所(1989年)、ACEロサンゼルス第二言語研究所(1990年)各所長を歴任。日本国内では、民間教育機関(外国語学校、予備校、学習塾、学習センター)の研究・企画・開発・運営・コンサルティングに携わり、米国(カリフォルニア大、オレゴン大)・カナダ(トロント大、ウォータルー大)・オーストラリア(ボンド大、アジリス外国語学校)にあっては、第二言語習得理論に基づくリテラシー教育とThe Total Immersion Programの開発実験に従事した。その後、宮城県宮城郡利府町にSLAリサーチ研究所(1996年)を設立し、「機会開発」としての学びをコンセプトとする私塾NeoALEXを付設。以来、暁星国際学園ヨハネ研究の森コース(2001年設立)代表を務めるなど、画期的なスタイルによる教育の在り方を研究・開発し、各方面から注目を集めている。

正誤情報

本書の初版第1刷におきまして、以下の表の通り誤りがございました。謹んでお詫び申し上げ、ここに訂正いたします。

『ことばが世界をひらく 新言語教育学』(初版第1刷) 正誤表(PDF形式)