『TEN vol.5』巻頭言「令和6年能登半島地震のメカニズムと、防災事業への提言」ご紹介

本記事では、『TEN(Tsunami, Earth and Networking)vol.5 科学教育の現在と未来』(2024年2月26日発行、3月8日発売)に掲載される、丸山茂徳先生(東京工業大学 名誉教授)による巻頭言をご紹介いたします。

なお、本年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」による被害と今後の社会的課題を鑑み、本誌の巻頭言は、その全文を「ためし読み」機能で無償公開しております。

巻頭言の概略

令和6年能登半島地震を、「新しい海溝がどこに生まれるかの試行錯誤が起きている海溝誕生黎明期にあたることから生じている」と分析し、そのメカニズムと今後の予測を全球的観点から解説しているのが、本巻頭言です。また、津波の原因として「海底地滑り」を挙げ、同様の事態が富山湾南部から新潟沖までの大陸棚地域で起きた場合の災害規模を警告すると共に、それを事前に防ぐ防災事業の提案が行われています。

能登半島地震と「海溝誕生黎明期」

2024年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」に対し、著者は「日本海東縁にそって,海溝があるわけでない」ことから、「通常の海溝型地震と津波ではない」として、以下のように論じています。

この断層については,能登半島周辺や日本列島だけでなく,視野を全球的に広げ,全地球を覆うプレートとその分布,及び,プレート運動の方向と速度を見なければならない.何故なら,日本海の海洋地殻が日本列島の下側に沈み込む運動が50万年前頃から始まり,日本海東縁に沿って海溝が生まれる運動が始まっているからだ.……サハリン島の西側の日本海と日本列島の間,日本海東縁で,新しく海溝が生まれようとしているのである.

TEN (Tsunami, Earth and Networking) Vol.5, pp.2, 2024.

そして、現在は「海溝が誕生するまでの黎明期」にあたり、「地震・津波を伴う大変動は、東北地震や阪神淡路大震災とは異なり、数十年以上断続的に続くと考えられる」とします。

地震の起源と予測可能性

著者は、地震の破壊とは「流体が既存の断層や割れ目にそって浸透し,力学強度を著しく低下させて破壊が始まること」であり、「地震の規模や震度とエネルギーや震源の空間的広がりは,流体の大陸地殻内部への移動を示している」と指摘します。

そこで重要となるのが、震源の移動の調査による流体移動経路の予測です。そして、流体移動に関して「地震波トモグラフィーの連続画像技術が可能になれば」、「地震予知の強力な装置の発明」に結びつくであろうと著者は論じています。

「海底地滑り」が引き起こす津波災害

また、これまで一貫して、津波災害の発生原因を「大規模海底地滑り」であると分析してきた著者の主張が、本稿でも次のように述べられています。

次に,地震に伴う津波の問題である.日本海東縁の海溝は未発達なので,沈み込むスラブのリバウンド(これは荒唐無稽)などありえない.津波はほぼ全て,陸上で発生する土石流や基盤の岩石まで巻き込む大型雪崩と全く同じ物理的プロセスで起きる.……津波のほぼ100%は,海底で起きる土石流起源である.そのトリガー(引き金)が地震であり,火山噴火(浅海)であり,揮発性物質を内部に持つ小隕石の空中爆発である.

TEN (Tsunami, Earth and Networking) Vol.5, p.3, 2024.

著者は、2011年の東日本大震災発生直後から、津波の原因として「海底地滑り」に着目することの重要性を説き、著書(『3.11 本当は何が起こったか:巨大津波と福島原発』、東信堂)や論文等を通して検討を重ねてきました。

そして、同様の状況が富山湾南部から新潟沖までの大陸棚地域で発生した場合の災害規模を危険視し、著者は以下のように警鐘を鳴らしています。

能登半島北部や西部の近海陸棚に堆積物は少ない.……これがもし,富山湾(2,000 mの深海)南部から新潟沖までの大陸棚地域で起きれば,甚大な津波災害を起こすだろう.何故ならば,3 ㎞級の北アルプス山脈から5本の大河川が大量の堆積物を陸棚に貯め込んでいるからである.……黒部川,神通川,片貝川,早月川,手取川が富山湾へ運んだ大量の土砂(浅海の海底扇状地)が,大規模な土石流として富山湾周辺地域に巨大な津波災害を起こすだろう.

TEN (Tsunami, Earth and Networking) Vol.5, p.3, 2024.

津波防災事業の提案

こうした原因分析に基づき、著者が提案するのが「津波防災事業」です。浅海堆積物の調査と、過去の土石流の発生頻度の評価、海底谷の発達程度の観測を行い、太平洋側の海溝と比較することがその軸になるといいます。

なお、著者によれば、日本海東縁の海底谷は、地形的にも、大規模海底地滑りの発生する頻度は少ないはずでした。しかし、「新たな海溝が富山湾内に誕生する予兆が起き始めている現在、状況は深刻化し始めて」います。以下が、本稿の結びとなる一節です。この巻頭言の執筆時期は、下記の通り1月中旬頃であり、その後、多くの調査が新たに進められています。今後の状況に関して、更なる研究と分析が待たれるところです。

能登半島沖地震による津波は小規模で,富山湾内への影響は小さいが,新たな破壊が富山湾内の断層(佐渡島-能登半島付け根の凹地潟)にそって起き始めると,事態は全く異なる状況になるだろう.2024年1月7日,それを示唆する地震の震源が発表された.

TEN (Tsunami, Earth and Networking) Vol.5, p.4, 2024.

巻頭言 著者紹介

丸山 茂徳(まるやま・しげのり)

富山大学助手、スタンフォード大学客員研究員、東京大学助教授、アリゾナ大学客員研究員、ミネソタ大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、1993年から2019年まで東京工業大学教授および特命教授・特任教授。

地質学、地球惑星科学を専門とし、マントルの対流運動から地球の変動を明らかにする「プルームテクトニクス」理論の提唱によって、地球物理学の発展に大きく貢献した。地質学会賞、アメリカ科学振興会フェロー、紫綬褒章、トムソンサイエンティフィックリサーチフロントアワード、アメリカ地質学会名誉フェロー、瑞宝中綬章ほか受賞・受章多数、『地球史を読み解く』(放送大学教育振興会)、『46億年 地球は何をしてきたか?』(岩波書店)、『Superplumes: Beyond Plate Tectonics』(Springer)ほか著書多数。

TEN(Tsunami, Earth and Networking)について

自然災害から人々の生命と財産を守ることを目標とする「国際津波防災学会(ITDPS, International Tsunami Disaster Prevention Society)」の機関誌として創刊された。2022年発行の第3巻より一般販売を開始し、「斬新な意見を、科学的・生産的議論を通してより確かなものとする」ことを目指す気鋭の科学誌として、各界から高い評価を得ている。第4巻より、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)科学技術文献データベース「JDream Ⅲ」および「J-GLOBAL」への 収録対象誌に選定された。

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