津波の原因を「海底地すべり」だと説きつづけてきた科学者たちの歩み(2)

津波災害の原因としての「大規模海底地すべり」

東日本大震災で発生した津波の規模は、その発生原因の定説「プレートの跳ね上がり説」では説明できないほどの、あまりに巨大なものでした。この事態を前に、丸山茂徳 東京工業大学教授(当時、現名誉教授)らは、それまで「全体の6%にしかあたらない」とされてきた津波の発生要因「海底地すべり」に注目します。

その理論的背景にご興味のある方は、同氏による講演記録(2011年6月)が収録された『3.11本当は何が起こったか:巨大津波と福島原発』(東信堂、2012年)をぜひご一読ください。この本は、当時30代の(まだ元気だった)私も編集に関わっており、今でも思い入れのある一冊です。その内容の一部は、以下の記事でも引用しています。

丸山名誉教授らは、要因としては軽視されてきた「海底地すべり」こそが、津波災害の主な原因である可能性が高いと考えました。以降、同教授をはじめ、従来の定説とは異なるアプローチから津波発生原理の解明を目指す科学者のグループによって、この仮説の検証が重ねられていくことになります。

過去の巨大津波と「大規模海底地すべり説」の親和性

その一人である、戎崎俊一 理化学研究所主任研究員は、その手記「戎崎の科学は一つ Ebisu’s United Fields of Science」において、以下の記事を公開しています(初出:「高論卓説」フジサンケイビジネスアイ,2016年9月7日)。

ここで記されているように、東京大学のゲラー教授ら国際チームが発表した、東日本大震災における津波の波形データ(1)は、地震の直後に大規模な海底地すべりが発生していたことを示唆するものでした。

(1) Tappin, D. R. et al.: Did a submarine landslide contribute to the 2011 Tohoku tsunami?, Marine Geology, 357, 344–361, 2014.

また、1923年の大正関東地震(関東大震災)においても、相模湾沿岸各地に津波が襲来し、甚大な被害をもたらしていました。戎崎博士らは、当時の調査記録を綿密に再検討し、この津波の原因が海底地すべりであった可能性が高いことを突き止めています。

そして、関東大震災の直後、ノーベル賞物理学者・湯川秀樹の実父である小川琢治が、この津波の原因として「海底地すべり」を示唆していたことに触れ、戎崎博士は次のように述べていました。

この後、海底地滑りの発生と津波の原因に関する議論は途絶えてしまい今日に至っている。……海底地滑りでできたはずの砂岩泥岩相互層は、日本の太平洋側海岸に普遍的にみられるが、それを現代日本で起こる津波と関連付けて考える研究者が小川の後、最近になるまで現れなかったのは大変残念なことだ。

戎崎俊一「高論卓説」フジサンケイビジネスアイ,2017年10月27日
(所収:戎崎俊一『科学はひとつ』p.42,学而図書,2023年)

「海底地すべり説」の検証と成果

津波の発生原理の再考を目指した活動は、2017年の「国際津波防災学会 (ITDPS) 」設立に結びつくとともに、論文などを通して研究の成果が報告されてきました。ここでは、国際津波防災学会の機関誌として創刊された『TEN (Tsunami, Earth and Networking) 』に収録されている論文の例を挙げ、その内容をご紹介したいと思います。また、先行する研究や論文等については、ぜひ以下の各論の参考文献等をご確認ください。

戎崎俊一,丸山茂徳,村田一城「海底地すべりによる津波災害」(TEN vol.1, 2020年)

この論文は、「陸上で起きた地すべりが海底に突入して起こした津波は自明だが、海底で終始した地すべりによるものを実証することはこれまで不可能であったので、海底地すべりによる津波の頻度が過小評価されている可能性がある」とした上で、3. 11以降に得られた詳細なデータなどを基に、海底地すべりと津波の関連を再考するものです。

本論の第2節「過去の津波災害と海底地滑り」では、日本国内のみならず、世界各地で発生した津波災害と海底地すべりの関連が、26例にわたって検討されています。実例を伴った、非常に説得力のある分析です。また、先にご紹介した、大正関東地震で発生した津波に関する理論分析も、さらに詳細に行われています。

その結論「津波地震の正体」の一部を、以下に引用しておきます。地震の規模に比べて津波の規模が大きくなる「津波地震」の特徴とされる「ゆっくりとした地殻変動」が、地震に伴って発生した「海底地すべり」である可能性を示唆した一節です。

 これまでの我が国においては,津波の大部分は地殻変動によると特に根拠なく思われてきた.しかし,この説に従うと,巨大海溝地震が起これば,必ず巨大津波が起こる.しかし,現実には,ほとんどの巨大地震(M>7.0)は大きな津波を伴わない.一方で、津波が特に強い地震は「津波地震」とされ,津波を励起しやすい「ゆっくりとした地殻変動」を伴うものとされてきた(Kanamori, 1972, Kanamori and Anderson, 1975.).
 近年の観測技術の発達により,地殻変動のみでは説明できない津波が存在することがわかってきた.……これらの観測事実に基づいた証拠から推論すると,これまで所謂「津波地震」は,大規模な海底地すべりを伴うものであり,津波地震に特徴的とされる「ゆっくりとした地殻変動」(Kanamori, 1972, Kanamori and Anderson, 1975, Tanioka and Seno, 2001)の正体は,地震によって励起された海底地すべりである可能性が浮上してくる.

戎崎俊一,丸山茂徳,村田一城:海底地滑りによる津波災害,TEN, Vol.1, 2020.

参考文献(抜粋)
Kanamori, H.: Mechanism of tsunami earthquakes, Physics of the Earth and Planetary Interiors, 6, 346–359, 1972.
Kanamori, H. and Anderson, D. L.: Theoretical basis of some empirical relations in seismology, Bulletin of the Seismological Society of America, 65, 1073–1095, 1975.
Tanioka, Y. and Seno, T.: Sediment effect on tsunami generation of the 1896 Sanriku tsunami earthquake, Geophysical Research Letters, 28, 3389–3392, 2001.

戎崎俊一,丸山茂徳「津波地震とは何か?」(TEN vol.1, 2020年)

「『津波地震』とは、地震動による液状化で発生した二次的だが大規模な海底地すべりにより強化された地震である」という仮説に基づき、津波地震の性質の議論や、東日本大震災時の波形解析データの検討を行う論文です。

これまで、津波の大部分(82%)は地震による海底の地殻変動によるものとされてきました(2)。しかし、実際には、この82%の中に、海底地すべりが関与している事例が相当数含まれている可能性が、この論文では示唆されています。

(2) Joseph, A.: Tsunamis, Detection, Monitoring, and Early-Warning Technologies, Academic Press, 2011.

小川勇二郎,川村喜一郎「日本周辺海溝域の海底地すべりと津波発生に関する地球科学的研究の現状と課題」(TEN, Vol.1, 2020年)

海底地すべりが巨大津波の発生要因となりうることは、以前から一部の研究者の間では検討されてきました(von Huene and Bourgois, 1989; Kawamura et al., 2012; 川村ほか, 2017)。ただ、過去にあっては、海底地すべりが津波に結びついたという可能性は、海底の地形証拠から推測するにとどまっていたのです。しかし、近年の海洋観測技術の発達はめざましく、地震・津波前後の海底地形図や、音波探査からの断面比較が可能となっています。

この論文では、こうした高精度の情報に基づきながら、南海トロフ(南海トラフ)と日本海溝で観測される斜面崩壊や、掘削研究の成果(木村学ほか, 2018; 山田泰弘ほか, 2018など)として、東北沖地震と関連する地すべり現象が複数の箇所で確認されたことを挙げています。

また、金華山沖で観測された断層の海溝底での地形変化が、地すべり体の形成を示している(Strasser et al., 2013)ことで、「海溝型地震に伴う津波のうちのピークの波高……の成因が、海底地すべりによるものではないか、とする予測を裏づけるものである」と論じながら、著者は以下のように述べています。

ただし、問題はどこにおけるどの程度の海底地形変化が、津波の波源域に相当し、それが実際の津波高さを示すのか、であるが、それに関しては、Tappin et al.(2016)が実例を示した。……宮古沖の北緯39度30分付近の海底震度5000 mほどの地域に、数10 km程度の規模での海底地すべりが発生したことを……示すことによって、それが沿岸部への津波の伝播時刻と波高をも説明するものであった。

小川勇二郎,川村喜一郎:日本周辺海溝域の海底地すべりと津波発生に関する地球科学的研究の現状と課題,TEN, Vol.1, 2020.

その上で、こうした斜面崩壊の形成時期をより正確に知ること、斜面崩壊が高速か低速かを見極めることに主眼を置いた調査研究を推進すべきことなど、本論では今後の津波防災に必要な課題が詳細に示されている論文です。

参考文献(抜粋)
川村喜一郎,金松敏也,山田泰弘:海底地すべりと災害―これまでの研究成果と現状の問題点―, 地質学雑誌,123,999–1014, 2017.
Kawamura, K., T. Sasaki, et al.: Large submarine land-slides in the Japan Trench: A new scenario for additional tsunami generation, Geophysical Research Letters, 39 (5), L05308, doi:10.1029/2011GL050661, 2012.
木村 学, 木下 正高ほか:南海トラフ地震発生帯掘削がもたらした沈み込み帯の新しい描像,地質学雑誌,124, 47–65,2018.
Strasser, M., Kolling, M. et al.: A slump in the trench: Tracking the impact of the 2011 Tohoku-Oki earthquake, Geology, 41, 935–938, 2013.
Tappin, D.R., Grilli, S.T. et al.: Did a submarine landslide contribute to the 2011 Tohoku tsunami?, Marine Geology, 357, 344–361, 2014.
von Huene, R. and Culotta, R.: Tectonic erosion at the front of the Japan Trench convergent margin, Tectono-physics, 160, 75–90, 1989.
山田 泰広,Jim Moriほか:東北地方太平洋沖地震後の緊急調査掘削(IODP第343次航海:J-FAST)の成果,地質学雑誌,124, 67–76,2018.

『TEN』に掲載された津波関連論文の例

『TEN』には、上記のほかにも、津波の原因に関する論文が多数掲載されてきました。その一部をご紹介すると、次のようになります。

津波発生メカニズムのパラダイムは転換するか

東日本大震災で発生した津波の規模や、令和6年能登半島地震で発生した津波の到達速度は、従来の定説「プレート跳ね上がり説」では説明しきれません。そして、少なくとも現時点において、「海底地すべり説」は、過去から現在までの津波災害を説明するために、かなり有力な論拠を有しているという印象を私は受けています。

しかし、ごく最近まで(あるいは現在に至るまで)、「プレート跳ね上がり説」を否定し「海底地すべり説」を検討する立場は、学問の世界において、あまりにも省みられることが少なかったのではないでしょうか(これは、あくまで私の体感です)。

この数年の状況を目の当たりにして、私は生まれて初めて、科学において「パラダイム」(ある時代において規範的・支配的な思考体系のようなもの)が転換することの困難さを痛感することになりました。

(その3につづく)

笠原 正大

笠原 正大

学而図書 代表

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