絵本『つきのおもち』刊行によせて

たにむらあさみさんの作品『つきのおもち』が、学而図書では初の「絵本」として世に送り出されることになりました。この小さな出版事業が絵本や児童書を刊行する日が来ようとは、人生では思いもよらないことが起こるものです。

物語は、月のうさぎがつくおもちを食べたくて仕方のないうさぎのぼうやが、ギター弾きのおじさんと出会うことからはじまります。「おいしい おいしい おもちをたべに つきへぴゅーんと いきましょう」と歌い、ギターをかきならす不思議なおじさん。その音楽には特別な力があって、なんとぼうやの体が、ふわ~りと宙に浮き上がり……。二人は鳥になったかのように空高く、柔らかな雲を抜け、きらきらと光る月をめざして飛んでいきます。すると、そこに見えてきたものは……! と、あまり多くを語ると読む楽しみが減ってしまう気がしますから、あらすじのご紹介はこれくらいにするとして。

『つきのおもち』は、とてもおもしろい作品です。詳しいところはぜひとも直接ご覧いただきたいのですが、宙を舞う二人と一緒にふわふわする感触を存分に楽しんだあと、ここだ、というところで「ズッピョーン」とうさぎが跳び上がるのが、特にいいのです。ページをめくると「ズッピョーン」で、私は嬉しくなって心の中でげらげらと笑います(成人男性として周りに怪しまれないように、表出としてはささやかに微笑むくらいにします)。絵本と相対するとき、そこには大人びた理屈も懊悩も必要ありません。私はもうひとつページをめくり、なんだかもっとすごいことになっているのにびっくりして、また心の中でげらげらと笑います。私は、絵本のそういうところが、子どもの頃から好きなのです。

この絵本はもともと紙芝居でしたから、作者・たにむらあさみさんの読み聞かせイベントなどがあったら、そちらで実物にも触れていただきたいと思います。こういう素敵なお話は、最初は目だけでなく五感ぜんぶで受け止めた方が、きっとおもしろいはずです。ただ、大人は過去の体験を思い起こしながら「ズッピョーン」とやれば、黙読でも大丈夫かもしれません。そのあたりは、読み手の人生経験によりけりといえるでしょう。

「はんのうリトルプレス」の第一段として制作されたこの作品は、素早く、手軽に、誰にとっても少ない負担で、どんどん発信してみよう、という企画のコンセプトに則り、ペーパーバックの可愛らしい絵本として形になりました。リトルプレスの性質上、かけられる工数にどうしても限りがあるのですが、そのぶん熱意を込めてつくったつもりです。そして、この作品を本として読み手のもとに届けられることを、私は何より嬉しく思います。きっと、書籍になったことで、これまで以上に多くの人のところに、この物語が届けられるのでしょう。本をつくることの原初の喜びのようなものを、私はそこに感じます。

それに、私は、もともとペーパーバック版の絵本が大好きなのです。最近はほとんどの絵本がハードカバーで、本屋さんで棚を眺めると、どの本も大抵がっちりしたつくりになっています。雑誌扱いのペーパーバック版もたまに見かけるますが、子どもの頃は、もっとたくさん、薄くて手軽で、ホチキスで背をとめてあるような絵本が、そのあたりに転がっていなかったでしょうか(気のせいかもしれません)。海外の絵本には、今でも薄くてお洒落なペーパーバック版の作品がたくさんあり、それを手に取って眺めるのが私には心地よく感じられます。ただ、舶来品のせいか、ちょっとお高いのが玉に瑕で、どれ買おうかと裏表紙を見て「1,700円!?」とびっくりしたりします(貧しい人間ですみません)。ともあれ、私はペーパーバック版の絵本というものが、とても愛おしいのです。

そして何より、絵本や児童書は、すばらしいものです。私は小さい頃、周りからは「本の虫」のように言われていましたが、読み漁っていたのは、読み聞かせの先にあるような絵本や児童書ばかりでした。創刊号から親が買い与えてくれた月刊『たくさんのふしぎ』(福音館書店)も長いこと愛読していましたし(『はてなし世界の入口』は名作です)、『ゾウアザラシ かいに』(坂田靖子著、白泉社)を毎日一回読むことを習慣にしていました。そして、芹生一訳『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』(偕成社文庫)は、今なお他の追随を許さない最高の児童文学翻訳書だと信じています(2回読み潰して、家にある本は3代目になりました)。小学2年生の私は、この二冊を繰り返し読むのがとにかく楽しみでたまらず、学校で先生から「手伝ってほしいことがあるから放課後に少し残って」と頼まれても、「今日は用事がある」と冷静に告げて下校し、家でこの本を読んでいました。大事な用なので嘘をついたわけではありません(?)が、少し罪悪感があって、今でもその日の風景を忘れられません。きっと、人間にとって、絵本や児童書はとても大切なものなのでしょう。

自分の編集者としての力量がまだまだ不足していたとしても、学而図書から絵本を出版できたことは、私にとってはこの上なく嬉しい事件です。願わくば、この本が多くの人にとって喜びの種となり、著者の世界がより大きく広がる一助となりますように。

(学而図書 代表 笠原 正大)

笠原 正大

笠原 正大

学而図書 代表

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